2025年5月5日 配信
普段はバスケのドリブル音や歓声で満ちている場所が、今日はやけに静かだった。
1年3組の生徒たちは体育座りで並び、前方に立つ教師の説明を聞いていた。
担任の小山先生が、防災担当の渡辺先生にマイクを手渡す。
「…本日の地域防災訓練は、江東区の要請によって実施されるものです。
地震発生後、津波警報が出た場合は…」
プロジェクターに映し出されたのは、学校から豊洲公園方面への避難経路。
避難目標時間、集団行動のルール、そして、「自宅への連絡は控えること」。
渡辺先生の声が、いつもよりゆっくりだった。
噂を意識しているのかもしれない。
一星の斜め前、阿部快斗がぽつりと呟いた。
「それ、うちの親も言ってたよ。なんか不安で、非常食買い始めたってさ」
未来が、体育館の片隅で手を組んでいた。
「うちは逆。母ちゃん、デマだって笑ってる。でも…」
翼は顔を伏せて続けた。
「やめろよ、マジで…」
快斗が肩をすくめたが、誰も笑っていなかった。
「たつき諒の予言も、あながち外れてないし…って、先生には言えないけどな」
未来が小声で続けた。
「地震発生!地震発生!」という録音音声に、体育館がざわつく。
訓練だと分かっていても、足が震えた。
一星は、ふと視線を巡らせる。
高い天井、遠くの出口。
──本当にこれで間に合うのか?
「しゃがんで、頭を守って!」
先生の号令で、皆一斉に低い姿勢をとる。
一星は、心の中で問う。
「本当に、あの日が来たら──どうする?」
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