2025年5月10日 配信
夕方の光がビル群に反射し、街全体が金色に包まれていた。
一星、翼、快斗、未来は、ららぽーと裏手の豊洲ぐるり公園にある防災スペースのベンチに腰を下ろしていた。
「ここのスピーカー、災害時に自動で警報鳴るらしいよ」
翼が上を指差した。
街灯に設置された灰色のスピーカー。いつもは気にも留めないそれが、今日はやけに重たく見えた。
「避難所って、ここになるんだよね。海が目の前って、正直安心できないよ」
未来が波打ち際を見つめながら言った。
快斗が笑う。
「モバイルバッテリー4つ買ったって自慢してきてさ。“これで連絡とれるから安心”だって」
「うちは逆に、やっと点検したよ」
一星が口を開いた。
「非常食、全部賞味期限切れてた。水もダメ。父さんが言うには、“どうせ来ない”って。
でも母さんは真顔で、“来るかもよ”って」
翼が一星を見る。
「ああ。1999年に世界が滅ぶって、信じてたらしい」
一星は苦笑いを浮かべる。
「“大学受験なんて意味ない、勉強しなくていい”って、自分に言い聞かせてたんだって。
でも滅ばなかったし、現実は変わらなかった」
「なんかさ、そういうの、分かる気もする」
未来がつぶやく。
「信じたいよね。もし本当に大きい地震が来るなら、今やってること全部、意味ないのかもって」
しばらく、4人は黙っていた。
海の向こうから、ゆっくり船が通り過ぎていく。
その向こうには、東京湾の広がりと、果てしない空。
「でも…」
一星が小さく言った。
「“意味ないかも”って言って、全部から逃げるのは、父さんと同じだよな。
本当に来るかもしれない。だから、備えておく。それだけでも、違うかもしれない」
「一星、なんか大人になったな」
翼が、冗談めかして肩を軽く小突いた。
「いや、ビビってるだけだよ」
そう言いながらも、一星の目はどこか真剣だった。
遠くで、防災無線のテスト音声が流れ始めた。
静かに、けれど確実に、何かが始まっている。
そんな気がした。
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