2024年5月9日 配信
浦上原天です。
「キノコ雲の下から、さあもう一度(改訂版)」(ナガサキ・被爆家族の願い)の出版を決意したきっかけについてお話ししたいと思います。
「キノコ雲の下から、さあもう一度(改訂版)」の原文は、私の父の原爆被爆体験談に拠ります。
長崎に原爆が投下された当時、父は40歳でした。
私の父は「ナガサキに原爆が投下され、被爆し、家族の多くが皆死んでしまった。私も被爆死した家族と共にいっそのこと死んでしまいたかったのに。だが私は死ぬことすらできず、生き残ってしまった…」という無念というかなんと申しますか、とても複雑な思いを語っていました。
生き残ってしまった父にとっての「生きている意味」、それは「無念にも、予期せず先に死んでしまった者達の思いを胸に刻み、丁重に供養を行い、そして自分の天命を全うするまで、再び社会の一員として懸命に生き、戦争と被爆を知らない子供達へ、己の命の大切さを伝え、そして未来に向けて頑張れ!」という平和と命の大切さをこれから生きる若い人たちに伝えることだったと私は思いました。父からのこのメッセージを若い人たちに伝える事が私の使命だと思いました。
つまり、今を生きる子供たちの為に被爆体験者の家族として戦争の悲惨さを伝える事でした。
そして私にも、これからの日本を担う子供たちに、元気に生き生きと生きて欲しいという願いがあります。
授かった命を大切にして欲しい。私はそう願います。
昨今の不穏な世界情勢の中にあっても日本は平和を標榜し、戦争反対の立場です。世界においても平和な国、日本。そのような状況においても、若者の自殺者が多いのがとても気になります。私は、自殺を考えている子ども達や若者達に、戦争の悲惨さ、平和の有難さを伝えたいと常々思っています。そして、若者たちには、「天命を全うするまで生きて人のために働け!」と私は言いたい。そして、未来ある若者には、授かった命を本当に大切にして欲しいと心から願っております。
そして、世界に目を向けますと、ウクライナへ侵攻しているロシアや、パレスチナで今も続く紛争のことを考えますと、まかり間違って核兵器の発射ボタンが押されてしまうかもしれないなぁ……それは第3次世界大戦(核戦争)の始まりだなぁ……と思ったりします。2度有ることは3度有り。核兵器を手にした人類は決してそれを手放す事は無く、いつか使ってしまうのではないか…。
北朝鮮も中国も戦争の危険を感じ憂慮しています。核爆発は何をもたらすかを本当に心底から多くの人に知ってもらうことが重要だと思っています。平和であってほしい。
そんなモヤモヤした気持の中で私の平和への思いを出版することに決めました。
平和な世の中を希求して。
*自宅付近の風景写真
*自宅付近の風景写真(八ヶ岳連峰が見えます)
*自宅付近の風景写真
*自宅付近の風景写真
*諏訪湖の冬景色
浦上原天
3 件
平和、命
とても深い深いテーマ
戦争の恐ろしさ、原爆の悲惨な過去
私も含め若い世代に伝える大切さ
怖くもある現実、生の声で未来に伝えてほしいです
若者が自分の人生を踏み間違えないように
そして、このかけがえのない、平和と写真の様なステキな自然を、残してほしいです
被爆2世の方々も後期高齢期を迎え、原爆投下されたあの放射能荒廃地から、今日までの父親を通して、改めで自身の生い立ちを回想されたのではないでしょうか。一見幸せに見える世の中ですが、隣国での戦争、核保有は脅威です。愛する全てを失っても生きる意味
命の尊さを問われているのではないでしょうか。多くの若者だけでなく行き辛さを感じている方にも、与えられた命を大切に生きる。
戦争、被爆国を作らない、作者からの平和への願い。読み繋ぐ一冊となってほしいと思います。
宮入様
コメントを真にありがとうございます。
ご指摘の通り、今生きているということは、これからも生き抜いて行く意味や価値が有るということだと思い、死ななかった被爆者の体験を書きました。
読んで頂き本当にありがとうございます!