2025年2月2日 配信
歳を重ねてくると、人生を振り返る機会が様々な場面で生じます。それは旅路で訪れたことがある場所だと気づいたとき、昔出会った人々と再会したとき、数々のおめでたや悲しみの場面、そして家族、親族と一緒に時間を過ごすときなどが思い浮かびます。それは、実は自分とその対象の場所や人々との距離感や共有した過去との時空間的な距離を計り、その記憶を納得した形で心に残す作業を行ってことではないかと考えています。そんな行為を習慣的に考えていると、いつの間にか自分の人生を客観的にみることができるようになり、ある時ふと気づいたのです。「自分の人生って、誰の人生と比べても面白いといえる内容じゃあないか!」と。
そして、自ら自叙伝としてペンを持ち、記憶を辿って幼少時代に逆戻ってゆきました。この作業にとても役に立ったのは、父が残してくれた何千枚もの画像と動画です。父の趣味にカメラ、映写機、無線機などメカへのこだわりがありました。カメラや映写機に関しては、たぶん進駐軍に在籍していた10年間の間に、ライカやアルフレックスなどのブランドの高級カメラを購入し、自らセットアップした自宅の暗室で写真を現像、焼き付けするまでのマニアになっていました。フィルムもコダックを愛用していたようで、その頃珍しかったコダクロームのカラースライドまで残してくれました。また、両親の親たち、つまり私の祖父たちからも、一世代前のアルバムが何冊も受けつがれていて、両親の幼少時代まで遡って画像や映像を見ることができたのは、この原稿を書き上げるのに当たって、とても幸運だったのではないかと思います。
このような状況で今回の写真の選定には多くの選択肢があったので、自分や親族の写真は、自分の持つ記憶の中で当時のイメージを思い出すようなシーンや被写体の表情が顕著に現れているものを選びました。選んだ画像はそれぞれその場面をベストに表しているのではないかと考えています。
一方で、原稿を執筆する過程で、資料をもとに原稿を書いているのですが、やはり記憶と記録が合致しない箇所がいくつか生じました。このような部分は、数日間空けてから何度も記憶を蘇らす作業を行いました。それでも思い出せない場面は、記録を優先に書き終えました。このようにして、苦労に苦労を重ねて書き上げた人生の半分がパート1となる挑戦編です。編集者の意見をお聞きすると、やはり私の人生はレアな体験が詰まっていて、どんどん先に進んで読みたいと興味を喚起させる内容で書かれているご意見でした。皆さんも私の前進し続ける人生を綴った自叙伝「走り続けます、夢と希望がある限り」の読者になって頂き、ご一緒に私の世界でタイムトラバルしませんか?
国広ジョージ
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