2022年6月1日 配信
それは小説の中でも特に短い作品の事である。つまりは1ページから数枚に収まる長さの超短編である。過去の日本のショート・ショートコンテストを例に挙げるならば、原稿用紙20枚以下の規定の募集があった。では、さらに短いショート・ショートを書くとすればそれは何と名付ければよいか?僕は自分なりに命名することにした……ショート・ショート・ショートと。もっとスマートに命名するならば、ショート✖3でいいのか?では……実験的な超短編スリラー『まわり道』をどうぞ。
風ひとつない深夜の山道。
僕は暗闇に怯えながら、帰り道を急いでいた。
今日は気分が良く、多少遠回りをしても構わないと突飛な考えが浮かんだのだがそれは完全に間違いだったと確信に至った。
そうなのだ……あの沼……地元でも有名で恐れられている名もなき沼が待ち構えていた。
その上をまたぐのは……年季の入ったヒビだらけの鉄筋コンクリートの橋。
町へと続く唯一の橋の長さは――わずか5メートルほどだ。飛び出たコンクリート製の橋脚はその真下にある沼の表面……暗黒の水面に完全に食い込んでいた。
それはまるで――得体の知れない怪物が巨大な口を開けて食らいついているようにも思えた。
僕はしばらく橋の手前で立ち止まり、一気に渡り切るべきか考えていた……と同時に、自分のその想像力豊かな特性を呪ってもいた。
この名もなき忌々しい沼……どんな名称が相応しいのだろうか?
暗黒ヶ淵(あんこくがふち)、物の怪沼(もののけぬま)、魔界沼……その名のとおり、あの沼そのものが何かの意思を備えた人知を超えた生命体で橋を渡ろうとする者を捕らえ、引きずり込む……。
または、暗黒の沼の奥底にまだ見ぬ巨大な怪生物が(それは突然変異体のようなものかもしれない)が潜んでおり、この瞬間も水面から頭を出し獲物である僕を見据えて引きずり込もうと待ち構えているのかもしれない。
怪生物でなければそれは……それ以外の何か、たとえば――僕が橋の中心まで辿り着いたその時にあの暗い水面から這いがってくるがごとく、僕の足を掴む人間もどきの腕……それは輪郭がはっきりしない影のようにぼんやりとしたこの世のものとは思えないなにか――
果てしなく膨らむ想像……この恐怖に包まれた状況でもそれは変わらず、むしろ増大していくばかり。
僕は焦っていた。ここで躊躇していれば、暗闇の景色は邪悪な力を増してさらに暗黒の世界へと変貌を遂げるだろう……。
来た道を戻る……それは選択肢になかった。それこそ……山道の脇の茂みになにか――別のものが潜んでいるような気がしてならない……。
さあ……気が滅入り、正気を保てなくなる前に進まなくてはならない――(次回に続く)
コメント
0 件