2022年10月8日 配信
あの男の言葉……
どうしよう
手遅れだ
終わりだ
死んだ?
全滅
知らない
興味ない
聞きたくないよ
胸騒ぎの土曜日からもうすぐ、一週間……すれ違った男の言葉が未だ忘れられず頭の中で何百回も繰り返した。薄汚れた黒いレインコートにアルミ製のアタッシュケースを持ったあの男をモデルに物語を構築しようとノートPCの画面を見ながら彼の容姿を幾度となく思い浮かべた――暗くなった画面に自分の目が映る……両目は完全に死んでいた――あの男に負けず劣らずの状態だ。
キーボードに両手をかけて、文字を打ち始めた。
アタッシュケースの中身には何が入っている?殺しの道具がぎっちり詰まっている設定だ。どんな凶器か。彼が殺人者ならば……きっと多種多様な凶器を使い分けるに違いない。金槌にレンチ……もちろん、相手を殴打して致命的なダメージを与えるためだ。切り裂くにはダガーナイフにサバイバルナイフ。遠方の獲物にはクロスボウ……これは規制があるうえに背負うのは目立つ。無理があるな……ヴァンパイア・ハンターじゃあるまいし。では……ペンチやニッパー、電気ドリル……これらは捕らえた獲物を拷問する際に使うのかもしれない。歯と爪、その他痛覚を刺激して苦しめるためのもの。
重要なのは発していた言葉だ。あの意味不明な言葉。やはり、ただの酔いどれとは思えない……あの表情は……視点を変えればきわめて異常な殺人鬼にもみえる。
実は……この一週間、僕はあの男を探して近所をうろついていた。毎日午前と午後、散歩をしているふりをして彼を探し回ったが無駄骨に終わった。そもそも、彼が近所をうろついていたのは本当にたまたまかもしれない。住処だってこの辺りではないのかもしれないのだ。
もう一度会えばまた違う狂言を聞けるかもしれない。そんな気違いじみた願望があった。それに今書いている短編ホラー小説の主人公にぴったりだ。薄汚れた黒いレインコートにアルミ製のアタッシュケースを持ち深夜にうろつく男。何が目的?妄想に憑りつかれた男は凶行を繰り返す……またはあの狂言からすると、異常な殺人現場を目撃してショック状態で精神に異常をきたしたのかもしれない……それはそれでまた衝撃的な物語が創造できそうだ。そうだ。その現場からの逃走、凶悪な犯人から逃げているだけかもしれない。ならば……警察に行き、目撃したすべてを告白する。その後は重要参考人として拘束……となれば……僕はもう彼に会う機会はないのかもしれない。
さて……ここからどうすべきか?僕の新しい物語、彼を殺人者として書き進めるべきか?または事件を目撃した逃亡者とすべきか?しかし、何かまだ……インスピレーションが足りない。あの男の背景をもっと深く知りたかった。
僕はまた懲りずに暗い家から抜け出した。
彼を探すために。
2022年10月8日 憂鬱な土曜日
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