2022年10月19日 配信
憂鬱な土曜日から数日――あの男を探して……もう諦めかけていたその日の深夜、帰路につこうとしていたその瞬間に……暗闇に紛れて遥か遠くの路地を横切る人影――ああ、あれは……もしや⁉
僕は半信半疑で影を追った。深夜24時過ぎ、別世界のように変わり果てた暗黒に包まれた住宅街。あの影はひょっとすると……最後の望みをかけて、怪しい黒い影を追った。自然と駆け足になる。
あの背中は――暗黒のなかにもうひとつの濃い暗黒が確認できる。それは確実に一定の間隔で動き少しもつれた両足は前方へと進んでいた。間違いない!黒いレインコートにアルミ製のアタッシュケース!あの男に違いない、絶対にそうだ――
僕はできるだけ距離をとり、男に感づかれないように忍び足で歩いた。やはり、幻想などでなかった!男と僕の間は約20メートル。昔は探偵家業に憧れたものだ……映画やドラマで覚えた尾行の仕方で道路の中央を歩かず、壁際を身を縮めて息を殺し進んだ。幸い足音は響かない。革靴ではなくスポーツスニーカーを履いてきたことについては今回は正解だったわけだ。しかし、僕は本物の探偵ではない。考えてみれば、僕の行動も十分奇妙だろう。新作ホラーのためのリサーチ、昼夜問わずの見ず知らずの男を尾行。他人からみれば変人以外の何者でもない。今回はリアリティを追求するために主人公を肉付けしていくためにできるだけ素性を知りたかった。
そうこう考えているうちに男は角を右にさっと曲がってしまい姿を消した。しまった!早く追いつかねば……忍び足から一転、駆け足になり必死に後を追った。角を右に曲がり――僕はその場に凍り付いたように立ち尽くした。彼が、男が……すぐ目と鼻の先に仁王立ちで僕を待ち構えていたのだ。僕よりも少し背の高い暗闇に浮かぶ影。その顔面から鋭い眼光が発せられているのが闇の中でも十分伝わり、僕を震え上がらせた。蛇に睨まれた蛙とはまさしくこれのこと……逃げようにも足が固まり動けなかった。僕たちはしばらくそのままの姿勢でお互い見つめ合った。しばらくして……最初に口を開いたのは男だった。
「おれの後をつけていただろ?お前は誰だ?警察か?」
警察だって?とんでもない……やはりこいつは犯罪者か?
「いいえ……僕はその……あんたを見かけてその今、書いている小説のネタになるかと……」
僕は馬鹿みたいな笑みを浮かべて言った。
「は?小説?おかしな奴だな……頭、大丈夫か?」
その問いに僕は負けずに答えた。
「あんただって……こないだ見かけたときに妙な事を口走っていたじゃないか」
男は一瞬、黙ったが僕を見据えてさらに近づいてきた。
「お前には関係ないことだ……これ以上おれに関わると――」
「そのケースの中に入っている凶器で殺すのか?」
僕は冗談まじりで言った。もちろん、内心はびくついていた。
「なに?どうして……わかった?」
え?ま、まさか……そうなのか……ほ、本当に――僕の心臓が一瞬飛び上がった。とんでもないことに首を突っ込んでしまったことを後悔していた。は、早くここから立ち去らねば!
「おい!お前!なんで黙っているんだ?おい!何を知っているんだ!」
突然、男の口調が強くなったので息苦しくなり鼓動が酷くなった。早く……逃げなきゃ!体に力を入れたが思うように動かず、わずかに後ずさりしかできなかった。
そうこうしている襟首を掴まれてしまった……力が強すぎて抵抗できない!覚悟を決めるしかなかった。最後の手段として叫び声を上げようとしたが口を塞がれ弱々しい吐息しか発せられなかった。僕は近くの駐車場に連れていかれ、気が付くと彼の黒いバンに易々と押し込まれてしまっていた……。
2022年年10月19日 恐怖の水曜日
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