2022年10月27日 配信
うう……う……僕は後頭部に酷い頭痛を覚えながらゆっくりとまぶたを開けた。こ……ここは荷台か……揺れる車内……は!移動中か?
そ、そうだ、思い出した……僕なりに抵抗したけどあの男にバンの荷台に投げ込まれ……どつかれ、散々罵声を浴びせ殴る蹴るの暴行――小説家だと言い張る僕の素性を疑い、真実を吐かせようとそばにあった金属バットで膝と背中を数発殴打。男は激高し、ついには後頭部へのあの一撃……それで、僕は今まで気を失っていたというわけか。
ゴロゴロと車内を転がる金属バットを目にすると、僕の膝はがくがくと震え押し殺していた後頭部と背中の痛みが酷くなってきていた。両足の痛みも酷くズボンを脱げば恐らくは酷い大きな青あざができているのが容易に想像できた。後頭部に手をやると案の定、異様に飛び出ておりこぶが確認できた。手のひらを見る――うっすらと血液が付いている……自分の血を見るのは久しぶりだ。
「どうやら……目を覚ましたようだな」
すぐそばの運転席から男の声が聞こえた。
「あれだけ殴られてよくまあ、無事だったな……え?」
運転席のそばから離れ、一番奥まで移動しようとした。車内が酷く揺れ、その反動で僕の体は荷台を転げ回った。
「ひゃーはっはっは!逃げられねえぜ!兄さんよ!どこにも行けねえぜ!」
男の笑い声を聞きながら僕はうずくまった。
「運転してどのくらいだ?どこに向かっている?」
「やっと口を聞いたな!そうだな……かれこれ三時間ぐらいだな。都内は監視カメラだらけで早く移動したかったもんだからよ。計画は狂ったが……まあいいさ」
「計画?僕の地元で何をしようとしていたんだ?」
「その話は後回しだ……それよりお前が小説家っていうのはどうやら本当らしいな。普通、あれだけ殴られれば大抵の奴は落ちる」
「だから……何度も言ったろ!」
僕はありったけの声で怒鳴った。
男は何度も乱暴にハンドルを切った。
僕はそのたびに左右に大きく揺れた。
「おい……口の利き方に気をつけろよ……お前は囚われの身なんだからよ!それから、気を失っている間に身体検査もさせてもらったぞ。携帯電話に財布、何も持ってないんだな……」
僕はため息を吐き、後頭部を押さえた。
「お前、意外とタフだな……深夜に人をつける変人の小説家さんよ」
「あんたに言われたかないよ……徘徊する変質者め」
「的を得ているが……人のこと言えんのか?小説のネタのために昼夜問わずおれを探し、尾行し観察だあ?十分、頭がおかしいだろ……よく考えてみろ、まともじゃねえよな。お前はあれだろ?友達いないだろ?女は?」
「関係ないだろ!小説家は常に孤独なんだ!それが独創性を生み……」
「やっぱりな!おれもなんだよ。つまりな、言いたいのは……俺たち似た者同士だってことよ」
男の声が頭の中まで鳴り響いていた。両耳を塞ぎ、声を遮断したかったが妙な力強さで押し切られてしまっていた。
「聞けよ。小説家なんだろ?しかもホラーの。だったら、とっておきの体験をさせてやる!」
頭痛が酷い……しかし、ここはどこだ……フロントガラスのむこう、闇を照らす明かり……砂利道に両脇の雑木林に坂道……うん?山道か?
「自己紹介もお前の名前も興味ないが、教えてやる。おれはZと呼ばれている」
Zだって?こいつは何を言っている?
「アルファべットのZさ。その意味はすぐに分かる。お前、何か質問はないのか?」
僕は少しずつ運転席に近づいた。殺すのならとっくにやっているはず。安心はできないが運転中は手を出せないはず。停車させて、殺すのは容易だろうが……どこかに向かっているが、目立たない場所で殺す算段をしているのかも……。
「あんたが先週、うわごとにのように言っていった言葉……あれは何だ?」
僕は奴の背後から恐る恐る言った。
「ああ……土曜日だったけな……あれは。あの時は少し、おれも情緒不安定だったからな……なんか言ってたか?よく覚えていないんだがな!」
「僕ははっきり覚えている……どうしよう、手遅れだ、終わりだ、死んだ?全滅、知らない、興味ない、聞きたくないよ……だ」
男は笑った。
「よくもまあ、さすが……小説家さんだよ!それを聞いておれに興味を持ったわけだ!好奇心旺盛だな……だが、まさかこうなるとは思ってもいなかっただろう?へへ」
僕はへらへらと勝ち誇った笑いを上げる男に苛ついていた。
「手ごわい殺人鬼らしからぬ言葉だね。何かに怯えていたような!」
男は舌打ちをしてから唸り声を出した。
「お前に何が分かる?いいだろう!教えてやるよ!お前の地元をうろついていた理由だあ!おれの上司をさらってぶち殺すためだった。奴が帰って来るとこをせっかく待ち伏せしていたのに……お前が邪魔したわけだ」
「上司?恨みでもあったのか?」
「俺をクビにしやがった工場長のことだ!しかも外人のくせに!工場系は今や東南アジア系でいっぱいさ。日本人から仕事を奪うやつら……高度人材育成などくそったれだ!感じないか?今やこの国は外国に乗っとられつつある」
確かに……地元でも最近、多くの外国人定住者を見かけるようになった……。
「俺はその上司に殺意しかなかった。そして、前から気になっていた団体のオフ会に参加した。外人排斥を掲げる過激な団体でな、おれが殺意の話を持ち出すと盛り上がったもんさ。しばらくして……そのうちのひとりからある携帯番号を渡されてな」
男は得意げに続けた。
「その番号にかけてみたよ……もっとやばい団体でどら声の男が出ると思ったが、違った……若い女の声だったんだ……そう、彼女は……Aだったんだ」
A……とZ……アルファベットの最初と最後……名前を持たない奴ら……。
「Aは言った。生涯、忘れられないあの言葉を……現世で人を殺せば、あの世で奴隷にできると」
「奴隷だって?あんたら……おかしいだろ……」
僕は唖然として言った。く、狂った思想だ!
「先週、おれは集会所で獲物を殺すように言われた……しかし、頭の中の想像とは違った!どうしよう!その獲物はおれの目を見て懇願していた……あの上司を想像してやっとの思いでそいつの体をナイフで切り刻んだが、刺すという行為はやはり精神に多大なるダメージを与えやがる……結局、とどめはAが下した。死んだ?終わりだ……くそ!そいつの断末魔の悲鳴が……ああ、知らない、興味ない、聞きたくないよ!試験としておれは憎むべき相手をさらってくるように言われた……もう、抜けられない!後戻りできない!手遅れだ!土曜はそんなこともあってショック状態だった」
男はべらべらとよく話したが、完全に情緒不安定だった。こいつは精神が病んでいる。完全に。
「あのくそ上司をさらってくるはずがお前になっちまった!お前に恨みはねえが、覚悟しな!」
そ、そういうことだったのか……やはりこいつは僕を――
「くそ!出せ!ここから出せ!」
僕の叫び声を無視してZは笑いながら乱暴にハンドルを切った。
転げ回る僕を見てさらに笑い続けた。
「安心しな!大勢の前で無様に殺してやっから!ひゃはははは!いひひひひ!」
大勢?そんないるのか?は……まさか……AとZだけではない……アルファベットAからZまで全員、勢ぞろい……。
体を悪寒が突き抜け、気が遠くなった僕は身を縮めてうずくまるしかなかった。
2022年10月20日 深夜 戦慄の木曜日
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