2022年11月7日 配信
僕がZに拉致され、バンで山奥まで走りあの場所に立ち入ってから約二週間……以前の自分とは決別し新たなる自分としてここ、聖域(サンクチュアリ)で日々を過ごしていた。
二週間前に話を戻そう……Zの運転するバンは漆黒の闇に包まれた山道を走り、ついに目的の場所へ辿り着いた。そして、前方に……闇夜を照らす、バンから放たれるライトの先の遥か向こう、建物の影が一瞬、浮かび上がったのを僕は見逃さなかった。
あれはログハウス?コテージのような……その時、バンは突然停車しZは何やらぶつぶつとつぶやくと運転席から外に出た……さあ、どうするつもりだ?お次は……そう考えている瞬間に荷台のドアががらっと乱暴に開き奴が乗り込んできた。相変わらずの罵声を放ち、さらにみぞおちに蹴りを一発お見舞いした。苦痛に耐えられず、くの字に曲がる僕の体を見てあざ笑いながら手に持っていた薄汚い布袋をすっぽりと僕の頭にかぶせてしまった……これから向かう場所はよほど重要な場所らしいが……おかげで視界は完全に闇に包まれてしまった。
くそ……今はどうしようもない……Zは僕をこずきながら、乱暴にバンから引きずり下ろした。
「旅は終わりだ!おら!早くしろ!」
「これから何をしようって……」
「聖域(サンクチュアリ)だ!グズグズするな……クソ野郎!」
襟首を掴み、Zは僕を地面に叩きつけた。闇に包まれた世界で手足を必死に動かし、無様にもがくしかない自分。
「予定よりかなり遅れた……クソ!早くしろ!立て!」
こんな屈辱的な扱い!こいつはいつか必ず殺す……この薄汚い布袋を奴の口にねじこみ窒息死寸前にしたまま、あの金属バットで全身殴打、最後は脳みそをぶちまけるまでバットで頭部を叩き続ける!僕の中で久しぶりに怒りと憎しみの爆弾が起爆しそうになっていた。それに聖域(サンクチュアリ)だって?一体……。
背中を押されながらふらふらと歩いた……不安だった。見えない分、他の五感が次第に敏感になっていった。少し肌寒かった……だいぶ、山奥まで来たはず……現在地はどの辺りなのか、かび臭い布袋の匂いにまじってかすかな緑の匂いが漂っていた。スギ、マツ、ヒノキの木々に囲まれた都内近郊の典型的な山なのか?先ほど一瞬見えた建物は誰かが所有している別荘なのか?そして、そこで何が行われているんだ?
背中でZの荒い息を感じながら、どつかれながらふらふらと歩いた。全身が酷く痛かった……少しでも足を止めると、容赦のない暴行の嵐が始まった。一歩一歩が本当に重かった。
「止まれ」
Zの突然の声に僕は委縮し、動悸が酷くなった。いよいよ……着いたか。
ギィ……ドアが開く音がした……同時に僕の暗い視界を照らす明かりが。懐中電灯か……。
「遅いぞ。もうみんなしびれを切らして……」
動悸を通り越し、心臓が飛び上がりかけた……それは初めて聞く男の低い声だった。
「け、Kか……わ、分かっている!こいつを連れてきた!」
Zの焦った声からすると、どうやら約束の時間があったらしいな……それにしても今度はKか……本当にアルファベットの頭文字を名乗っているいかれた連中がいるのか……それも恐らくは大人数で!背中を流れ落ちる一粒の汗が僕の恐怖心を物語っていた。
背中を押されながら進んだ……建物の内部へと。外よりは温度が若干高め……土足のままで進んだ。
「ここからは階段だ。ゆっくりと下りろ」
前方からKの声が聞こえた。
どうやら、地下室に向かうようだった……ひんやりとした空気が足元から流れてくるとそのわずかな温度差に身震いし、恐らくは全身が鳥肌になっている自分の肌を想像した。ゆっくりと足を踏み出し――コツ……コツ……転げ落ちないように慎重に進んだ。前方と後方からKとZの下りる足音も響き、規則性を持った奇妙な物音を奏でた。十一段……十二段……その時の僕には下りた階段の数を数えることしかできなかった。十三段目……。
視界が遮断されていても人の気配というものは分かるらしい。不思議だった……声は聞こえないのに。そう、明らかにその場にはかすかな湿気とともに多くの人々の気配と熱気が漂っていたのだ。恐らくは血走った眼で僕を凝視して……そうだ、手ぐすね引いてこの時を待っていたのか?
「約束の時間はとっくに過ぎている。トラブルなの?」
は!女の声だ……活舌の良い落ち着いた若い女の声……もしかしてAか?
「Aよ、申し訳ない!余計な邪魔が入って……この若造を連れて来ることになっちまった!」
他の者たちの声は一切聞こえない……どうやら、Aの女がリーダーらしかった。
「予定ではお前の上司の外人を連れて来るはずでは?獲物はそいつでいいのね?」
Aの声が響いた。や、やはり……ここでぼ、僕を嬲り殺しにするつもりか!し、試験って言ってたよな……確か!
Aの掛け声とともにさっと僕の頭から布袋が取り払われた……普通は視界が晴れて喜ぶはずが固くつぶったまぶたを素直に開けれなかった……周りを見るのが怖かった。
「こっち向け!」
背中からのZの声ではっとした……まぶたを開けて現実を直視しなければならなかった。ぼやけた視界に最初に映ったのは薄暗いコンクリートの床……思ったよりも広い地下室なのか……僕とZがいる場所だけかろうじて蛍光灯の明かりが灯っており、円形になった人々の影が僕とZを取り囲んでいたのだ。他の者たちの姿は暗すぎてよく見えないが……多くの者の視線を感じる……彼らは逃げ出せないように隙間のないように輪を組んだ状態で仁王立ちという感じだった。
「新参者よ。まだ若いな……何者だ」
Aだ……あの女の声だ。
「僕は……この男、Zとやらをホラー小説のネタ集めに尾行しただけだ!暴行を受けて、さらには殺すつもりか?一体、あんたらはなんなんだ!」
精一杯、震えた声で叫んだ。
「ホラー小説家のネタ集め?あなた……おもしろいわね」
「今回のことは誰にも言わない!だから、帰らせてくれ!」
「もう遅いわ……だけど、いいわ。あなたおもしろいから特別にチャンスをあげる」
Zは唸ると着ていた黒いレインコートを脱ぎ捨てた。
「悪いな……お前はホラー小説なぞ二度と書けない……なぜなら、お前を殺れば晴れておれはZとして正式にこのメンバーになれるからな!」
そういうことか……正式にはまだZの名をもらっていなかったのか……そのための殺しの試験!極限にまで達した恐怖心と対峙し冷静さを取り戻すしかなかった。なんとかここから逃げる方法は……。
Zに手渡されたのはアルミ製のアタッシュケース。中を開けて……錆びだらけの大ぶりの金槌を取り出した。
「やはり、使い慣れた物のほうがいい……おれの一部と化したこいつで滅多打ちにしてくれるわ!」
張り切るZは右手に金槌を握りしめてぎりぎりと歯を食いしばった。
「お前は何がいい?ひとつ選べ……Aの計らいだ。こんなことは滅多にない」
Kと呼ばれた男の声がし……彼が近づいて来た。黒いフード付きのヨットパーカを来てマスクをし、薄暗いせいもあったが、顔はよく見えなかった。
僕の目の前の床に――ずらりと凶器が並べられた。数は五つ。
きらりと光る一般的な出刃包丁に薄刃の菜切り包丁、モンキーレンチにL字型レンチ……最後は木製のバットだが、初めて見る――無数の釘が埋め込まれたああ……これが釘バットというやつか!長細いハリネズミのようだ!
異様な沈黙が地下室を包み込んだ。だめだ……これでは逃げられない……やるしかないのか?Zの持っているあの大ぶりの金槌から身を守れるのは……釘バットしかない!防御に徹して隙をついてなんとか逃げ出すしかない!
僕は深呼吸をすると釘バットの柄を震えた両手で掴んだ……。
2022年10月20日 深夜 戦慄の木曜日
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