2025年6月20日 配信
*新刊プロジェクト(連載から書籍化へ)
肉の匂い、生肉、闊歩する人間たち・・・その者たちにかぶりつきたい!この自分の思いが異常だということは十分に承知している。人肉嗜好だということを。
低体温症にふらつき、めまい、数日で関節から全身へと広がっていく謎の激痛。筋肉は急激に衰えて浮き出した血管が目立ち始める。衣服で隠せばなんとかなるが、問題は顔だ・・・目じりは酷く垂れ下がり、頬はこけて唇全体はひび割れて紫色に変色して、だらんと垂れ下がる。肌の色は酷く青白くなり、まさに死人そのものだ。
さらに、生肉を摂取しないまま2週間経つと、皮膚に深刻な異常が認められる。全身をかきむしるほどの異常なかゆみ。そして一週間後、粘土質のような質感になり果てる。その時、皮膚はいとも簡単に剥がれてしまう。まるで、徐々に肉が腐っているような・・・
三週間目・・・忘れもしない、酷く老化が進んだあの日・・・鏡に映った変わり果てた姿。最初は茫然としたままだった。一体、何が起こったというのだ!俺はまだ、30代後半だというのに!
急激に老人のような容姿になっちまった。いや・・・それよりも酷い容姿。腐りかけの・・・
とどめは、自分でもわかるかすかな腐臭だ。死臭というべきか?
放っておくと症状はさらに悪化していく。
眼球だ・・・白く濁り、視力は著しく低下する。視界はそう、まるで霧がかかったようにかすかに乳白色になる。しかし、その代わりといったらおかしいが奇病が発症してから著しく発達した五感が二つある。
それは嗅覚と聴覚だ。
この奇妙な症状は老化現象が始まってから重症に至るまで一貫している・・・俺の仕事には非常にありがたい症状だが。
また、幸いなことに体毛や頭髪の急激な抜け毛はなく、歯も抜け落ちずに全部揃っている。爪も剥がれ落ちることはない。今は。
俺は突如としてこのような奇病にかかっちまったわけだ。
先ほど死人と言ったが、そうだな・・・つまり人肉へのあくなく欲求と、このしなびた容姿。
俺が何を言いたいかもうわかるだろ?言わせたいか?いいだろう。
俺・・・ゾンビ化してないか?
今更、わざわざ説明する必要もないほど有名なアレ。映画などでホラーの定番になっているふらついて人肉に食らいつくあの死人のことだ。
俺は数年前、ロストシティの北にあるマウス・ストリートという薄汚い路地でチンピラにからまれたことがある。
この街では珍しくない日常茶飯事のただの強盗犯。このマヌケはダガーナイフを出すとふらついている俺の喉元に突きつけやがった。俺は奴の隙をついてナイフをかわし、腕に嚙みついてやった。血、人肉の歯ごたえ・・・俺の歯形がくっきりと刻み込まれるほど深く噛みついてやった。
忘れもしない。あの瞬間。これが、人間の肉・・・かぶりつきたい!
悲鳴を上げる奴を押し倒し、まるで腕から肉をそぎ落とすように夢中で食らいついた。不思議なことに正常時より体は衰え筋力も低下しているはずなのに、腕力は相手を圧倒していた。
これは揺るぎない食欲からくるものなのか、それとも奇病と引き換えに神より授かりし力なのか?
小太りな奴だったので腕までたっぷりと脂肪がついていた。味はそう・・・鳥のもも肉に似ていたっけ。歯ごたえはもも肉よりも格別に上だが。
血しぶきが上がる中、俺ははっとして我に返った。奴の肉を食った数分後、乳白色の視界が徐々に薄れていったからだ。体温も通常に戻ったのか寒気もしない!ふらつきや、めまいもいくらか収まり、体の痛みも和らいでいたのだ!
まさか・・・そうなのだ。奇病の症状が治まっていたのだ。
しかし、その後におぞましい展開が待ち受けていた。ズタズタになりスペアリブのようになった右腕から大量に出血し、脈のないはずの奴が白目をむき、かすかな唸り声を上げながら、ふらふらと立ち上がったのだ。
まだ、生きてる!一体、こいつは!
ま、待てよ・・・ひょっとして・・・お、俺が噛みついたからなのか?その時だった・・・腕の断面が紫色に変色し、上部へと徐々に広がっていくのを見逃さなかった。
俺が噛みちぎった痕から・・・この奇病は伝染するのか!
映画の中のゾンビのように噛みつけばそいつがゾンビになりまたそいつが噛みつけば・・・ネズミ算式で増えていくのか?
俺はパニックなり、愕然とした。
世界が終わる・・・と。
俺は奴が所持していたダガーナイフを手にした。
奴が来るぞ!早く始末しないと!
しかし、そいつは一瞬俺の顔をちらっと覗き込んだだけで、意外にも襲い掛かってくるわけでもなく、路地を後にしてふらふらと大通りを目指して歩き出した。
そうか!俺と奴は同類・・・死人病同士は共食いなしか!
しかし、今はこいつを止めねば・・・えらいことになるぞ・・・
俺と同様に生きている人間の生肉を求めているに違いない!
胸や腹を刺しまくった・・・ざくっざくっと刺した傷跡から大量の血液が飛び散った。生温かい返り血を浴びたが、構わず刺しまくった。それでもひるむことなく奴は歩き続けた。
そうか、やはり弱点は頭部へのダメージ・・・脳天を破壊するしかない・・・ゾンビ映画の基本だ。
奴を地面に押し倒し、うつぶせにした。
俺は馬乗りになり奴のこめかみに思い切りダガーナイフを深々と刺した。ありったけの力で!
唸り声は徐々に小さくなっていった・・・やがて、奴は機能を停止した。
これが、俺にとっての初めてのゾンビ殺しの経験だ。
そして、この出来事で俺は確信に至った。これで納得だろ?
続く
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